博物誌03

　　　防具を選んでください。

ミスリルのくさりかたびら

「ホビットの冒険」でビルボが持ち帰った報酬の一つ。

五軍の戦いの直前、スマウグの巣にビルボと共に「竜のいぬまに」潜り込んだドワーフのトーリン＝オーケンシールドからビルボに、
「ここに、あなたにお礼する、はつの引き出物がありますぞ。その古ぼけた上着をすてて、これをつけなされ」
と直接着せられたよろい。ビルボはこの小さなくさびかたびらと真珠水晶つきバンド、白玉縁取りとあやどりある皮の軽い兜を身につけ、
「身のほど知らずでばかげて見えるかもしれないそ。ふるさとのお山では、となり近所がどんなに笑うだろう」
「そばに鏡があったらなあ！」
と心配し、自己点検を切望するほど、美しくゴージャスなものだった。
「白銀色（しろがねいろ）の鋼をつらね、それに真珠の玉でよそおったくさりかたびら」
と表現されている。

裂け谷で、ビルボからフロドへ手渡される時には、このくさりかたびらは重さを感じないほど軽く、
「しなやかなことは麻にも紛うばかり、また冷たいことは氷のよう、堅固なことは鋼にも勝るほど、まるで月の光を浴びた銀のように輝き、一面に白い宝石がちりばめられて」
とある。
「私が着たら、あまり似合わないんじゃないかな」
とフロドが考え、ビルボも同様に思った経験からの助言が続く。
「服の下に着るといいよ」
ホビットには何とも似合わないシロモノらしい。しかしそれをあっさり認める二人は謙虚で可愛い。これを身につけることでフロドには
「表面にはあらわれないもの」
が備わることになる。

モリアでのギムリの弁によると
「モリア銀の胴着ですと？それは王者の贈り物ですぞ！」
ガンダルフによれば、
「その値打ちは、ホビット庄全部とその中にあるものをすっかり合わせたよりも大きいのじゃ。」
どういう計算式ができるのかちょっと聞いてみたい気がする・・・またドワーフが何を求めて穴を掘るのか、ここモリアで何が起こったのかが大変よくわかる。
「ビルボがよく知っていたであろうことは疑いないと思われました」
というくだりはビルボがどれほどフロドを愛していたのかが伝わってきて切なくなる。

フロドがオークの槍で壁に釘付けになった時、くさりかたびら本来の性能を発揮して彼を助けた。フロドが無事であることを知ったガンダルフの
「あんたはビルボに似ておるよ。あんたにはこの目に映る以上のものがあるのじゃな」
は裂け谷でのビルボのセリフと呼応している。ビルボとガンダルフ、どちらの爺さんも奥が深く、あなどりがたし。

モリア脱出後、アラゴルンの手当を受ける時に隠れていたものが露呈する。
「ちょうど日の光を受けてきらきらと小波（さざなみ）立つ海のように。銀色の胴着がかすかな光を放っている」「胴着についている宝石が星々のように輝き、ゆれてふれ合う輪の音が池に降る雨のさざめきのように響」
いた。アラゴルンは息が止まりそうなほど驚き、声をたてて笑い、
「エルフの小公子をも包むべき、美しいホビットの皮ではないか！ホビットたちがかかる皮膚の持ち主とわかったら、中つ国の狩猟者たちはみなホビット庄に馬を走らすだろう。」
とコメントする。おちゃめで魅力ある王様だ。ギムリも褒めちぎる。
「矢は役に立たぬ」、「これほど美しいものをわたしはかつて見たこともないし、人が話すのを聞いたこともない」
「ガンダルフはこれの値打ちを十分に評価していなかった」
どうやら「ホビット庄との比較」などでは価値は説明できていなかったらしい。

キリスウンゴルの塔では極上のお宝としての真価を発揮して（？）、所有権を巡ってオークたちに仲間割れを起こさせ、サムワイズの潜入に大いに寄与した。シャグラトによりサウロンの元へ届けられ、さらに黒門前の大茶番劇では、サウロンの口によりモルドール軍に対して捕虜と交換に服従を要求する際の証拠品として示された。ピピンが飛び出しガン爺に叱られ、絶望感が広がる中、ガンダルフはその提案を一蹴し、ちゃっかりミスリルのくさりかたびらを取り返す。フロド＆サムより値打ちはあるかもしれないが、もちろん、ここはそういう意味ではない。
「友の形見にもらっておく」
というセリフも挑発的で素晴らしい。なによりもフロドの形代として交渉の条件になる、という扱いは見事としか言いようがない。

何通りもの意味や役割を一つのくさりかたびらに付加しているこのやり方は、指輪物語の世界の多重構造を組み上げる教授の典型的な手法だと思う。ただ一つのアイテムにいくつもの顔を持たせ、そのものの性質のみならず、歴史的経緯と価値、それを巡る数々の事件、またそれをアトリビュート（持物）とする登場人物の特性、さらには人物関係までをも描き出す。なかでもこの「ミスリルのくさりかたびら」はドワーフの細工としてのみならず教授の創造物として最高級品だとつくづく感心する。
その後いくつかのゲームでたくさんの防具を購入したり、分捕ったりしたが、このくさりかたびらほど「創造的」で「価値ある」防具には未だお目に掛かったことがないような気がするというのは誉めすぎだろうか。

余談だが、数年前、「ミスリル」の「ミス」が「灰色」、「リル」が「輝く」という意味だと知って、鳥肌が立つほど驚いた。教授の中つ国世界へのこだわりの強さを恐ろしいほど感じたからである。